難経「第十五難」四季の平脈・病脈・死脈を論ずる②

「四季の脈に異常が現れるとどのような現象となるのか?」

・春は弦脈であり、これに反するものは病脈である。
脈の来かたが実していて強いのは大過であり、外にある病を表す脈である。
脈の来かたが虚していて微かなのは不及であり、内にある病を表す脈である。
脈の来かたが波動を帯び、ちょうど木の葉をなでるかのようなのは平脈である。
脈の来かたがとりわけ堅く実していてかつ滑であり、長い竹竿を撫でているものは病脈である。
脈の来かたが急で強く、ちょうど弓に新しく張った弦のような脈は死脈である。

・夏は鈎脈であり、これに反するものは病脈である。
脈の来かたが実していて強いのは大過であり、外にある病を表す脈である。
脈の来かたが虚していて微かなのは不及であり、内にある病を表す脈である。
脈の来るとき、ちょうど並んだ玉環をなでるようであり、美しい珠玉のように丸く滑らかなのは平脈である。
脈の来かたがすばやく、鶏が足を挙げて歩く様子に似ているものは病脈である。
脈の来かたが、前が曲がって後ろがまっすぐで、革帯の鈎を持つかのごとき脈は死脈である。

・秋は毛脈であり、これに反するものは病脈である。
脈の来かたが実していて強いのは大過であり、外にある病を表す脈である。
脈の来かたが虚していて微かなのは不及であり、内にある病を表す脈である。
脈の来かたが車を覆う傘のようで、これを按ずるとさらに脈が大きくなるのは平脈である。
脈の来かたが、上がらず下がらず鶏毛を撫でるような脈は病脈である。
脈の来かたが風に吹かれる毛のように浮いている脈は死脈である。

・冬は石脈であり、これに反するものは病脈である。
脈の来かたが実していて強いのは大過であり、外にある病を表す脈である。
脈の来かたが虚していて微かなのは不及であり、内にある病を表す脈である。
脈の来かたが、来るとき大きく、去るとき小さく、濡・滑で雀のくちばしのようであるのは平脈である。
脈の来かたが鳥が餌をついばむように、連続して止まず、微かで曲がっているものは病脈である。
脈の来かたがよりの解けた縄のようで、脈が去るときは弓ではじいた石のように素早く堅いものは死脈である。

・胃は飲食物のあつまる海であり、四季の脈の搏動を供給する根本である。
春夏秋冬の脈はいずれも胃気を根本としている。
したがって、胃気の有無は、四季の脈象の病変と、その予後の良し悪しのかなめである。
脾は中州を主っており、その脈象は、平脈で和んでいるときには、見ることができないが、脾が衰えたときには、雀が餌をついばみ、水が下に濡れるような脈が現れる。
これは、脾が衰えたことを反映する脈象である。

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